アンケート

プラーナ・エネルギーの流れを重視するクリパルヨガは、始めから終わりまで、ポーズに順番がない。そして、一曲の音楽が流れるように途中で流れが止まることもない。たくさんあるヨガの中でもかなり即興的な要素を兼ね備えたヨガだ。それだけに、クリパルヨガのティーチングは、一瞬一瞬、自分自身がマインドフルでいることを要求される。

しかし、ただ、マインドフルで気づいていればいいわけではない。一つひとつの自分の言葉や動きに明確な意図が必要だ。不要な言葉や仕草は、生徒の集中を妨げてしまう。集中を妨げられれば、彼らの体験は疎かになってしまう。それでは、クリパルがめざす体験を通した自己探求にはならない。

さらにその上に、生徒一人ひとりの中で起きる彼らの気づきに対して絶対的な信頼が必要だ。しかし、ときにはその信頼に甘えて、自分の意図を明確化することを怠ってしまう。このままでいいのだろうか。独りよがりから脱出しなくては、本当に大切なものや、まだ活かしきれてない可能性を無駄にしてしまう。もっともっと足下から見直さなくてはいけないのではないだろうか。

昨年アメリカのクリパルセンターを訪問した際に、「人が何を感じ、どう思っているか、それは聞いてみなくては分からない。分かっていると思い込まずに、何度でもアンケートをとるべきよ。」クリパルヨガ教師協会のディレクターを務めるヴァンディタの言葉に勇気づけられた。

そこで、昨年12月にアンケートをとってみた。大半は褒めたり感謝したりする言葉だった。しかし、その中に、いくつかの厳しいコメントがあった。ある人はもっと動きたかったと、そして、ある人はもっとゆったりしたかったとコメントしてきた。どうしたらいいのか。

折衷案で対応したらどちらの体験も深まらない。ベストを尽くしてそれぞれの要素を入れるべきだろう。全員の要望に100%応えることは無理でも、意識を向け、意図をもち続けることはできる。そう思って翌週のクラスに挑んだ。クラス後、先週の要望に応えてくれたと喜ぶ生徒と、そうでなかったと残念がる生徒がいた。

2週目のアンケートでは前回にも増して、意味深いコメントや指摘にあふれた。ポーズを長く保った後の肉体感覚の余韻を味わっていたかったとか、片側を動かした後の左右差を感じるスペースが欲しかったとか等々。何人かの生徒は、まさにクリパルでめざそうとしている自己探求を求めてヨガをしているのだと分かる。そして、彼らの一途な探究心に感銘する。

ヴァンディタの言う通りだった。分かっていると思い込まずに聞いてみるべきだ。そして、よく見ることだ。それがなくては、何が必要か分からず、独りよがりで終わってしまう。アンケートをまともに受け止めれば、それだけでもエッジ(瀬戸際)に立たされる感覚だ。しかし、深呼吸して受けとめなくてはならないのは、生徒の中で起きたリアルな体験であり、そのことに正直に向き合い伝えてくれた彼らの思いだと思う。

難しさの中にも、凝り固って肥大化した自分の問題点にいい切り口を見い出したようだ。
今年は、この新たな視点から、よりよいものを生み出していきたい。

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