七夕の願いごと

7月、今年も既に後半・・・早かったなーと思いながらも、既に来年や再来年のプランを立てている大人と違って、子どもの世界は季節の行事を順々に体験しながら日々を重ねているように見える。

6月末からは、七夕の行事の準備を続けている。その中でも、短冊にどんな願い事を書くかは、重要な要素だ。3歳、4歳の時は「電車になりたい」という神様もびっくりな願い事だったが、今年はだいぶ思考がこの世界で実現可能なことになってきている。「ケーキ屋さんになろうかな」「やっぱり英語の先生になりたい」「電車の運転手もいいな」そんな悩める5歳の息子と話していたときのことだ。

「それ、全部なれるんじゃない?」と私。
「だっておかあさんは『お母さん』にもなりたかったし、『お嫁さん』にもなりたかったよ。ヨガの先生も、『ヨガが仕事になったらいいな』って思ったし」

子どもとの会話の流れで、ぽっと出たような言葉だったが、私自身がはたと思った。そうだよな、何か1つじゃなくていいんだよな、と。

私も息子と同じで、何か1つになろうとしてたところがある。「母親、ヨガ教師、妻、娘、姉、隣人、友達・・・」どれか1つであると、他ではいられないというような感覚がどこかにあった。

先日、「将来は尼になりたい」と、夫に話したのも多分、1つの役割だけを全うして生きてみたいという気持ちからだろう。しかし、普通の生活を営めば、役割は様々にあり、それぞれが今の自分に有機的に繋がっている。「なんにでも、重複してなれる」というのは、なかなか自由なあり方だと思う。

「その(役割の)すべてに、共通のミッションを持て」とは、米国クリパルセンターの前ディレクター、アンドリュー・タナーの言葉だ。
「(マキは)神様に仕えたいというけど、今の僕たちは既に神様に仕えてるんだよ」というのは、夫、徒志郎の言葉。

ふぅむ、今年の短冊には、何を書こうか・・・あなたの今の願いはなんですか?と、自分自身に問うこの頃だ。

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