母からのプレゼント

母の日、その数日前が実母の誕生日だ。母の年齢を数え、もうそんな歳なのか・・・と毎年軽い衝撃をうける。いつまでも、心の中の母は何となく元気で若々しいまま、私が、そう思っていたいのだろう。
親や自分自身をみると、歳と共に、体は自然に衰える。また心の方は現実に抗わず、「仕方ないな」と受け流すことが最近増えた。体調が悪い時、子どもが思うように振る舞わない時、ヨガがしたいとか、友人に会いたいとか、自分のしたいことがあっても、「仕方ない」。

それはある意味生きやすく、現実に順応した先にある人の姿かもしれない。しかし、時に、本当に仕方がないのか、他の道はないのか、自分の心が閉じ、可能性を否定しているだけなのではないかと思うこともある。

先日、帰省して母に会った時、久々にどうしても見たいと感じる個展があるのだと話をした。ギャラリーに出掛けるなんて無理だろう。そういう思いで話したのだが、母はすかさず、「あなたの家からなら、見に行けるじゃない?」と、時刻表を調べ、夫に頼んでみたらと、促してくれた。母のいる前で夫に頼んだ。即快諾。青天の霹靂だった。母から逆に、プレゼントももらったような気がした。

仕方ないと諦めてしまえば終わりにしてしまえることも、人に思いを話し、手助けを乞い、もう一歩関わりを深めようとすれば、形を変える可能性がある。仕方ないの一言で、無意識、無関心になるのはもったいない。個人のささやかな健やかさのためにも、それから、未来を形作る多くの人たちのことを考える時にも。

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