子どもと過ごす「間」

12月、早いものでもうすぐ今年も終わりです・・・みなさん、どんな師走を過ごされていますか?

私は、今月の半分を、子どもとふたりで過ごしています。
夫の不在中、東京での仕事もお休みせざるを得ないことから、この2週間は、実質、生活を営みながら行うリトリートのようです。

ある晩のこと、夕食のときに、子どもといて、全く話すことがなくなったことがありました。
子どもはよそ見をしたり、何か話そうとしたり、落ち着かない様子。私も、携帯や本を見ようとしたり、なにか話題を探したり、その場にそのままいるのを避けようとしたし、いつもなら、そうしていただろうと思います。でも、ここに何かあるんだよなと言う直感があり、いつもとは違うことを試してみました。

夕食をとっているのですから、「食べる」という行為に集中してみました。

最初は、私が怒っているとか、不機嫌だと子どもが心配するのではないかと、気がかりでした。
無言でいることで、相手を拒絶しないように、無意識に話していたのかな、と思い当たりました。

現実に口の中にある食べ物をよく噛んで、味わって、食器のたてる音だけがする時間が数分続いたころ、静か=つまらない食卓ではなく、静か=落ち着いた食卓に、だんだんと変わって感じました。
私がどう関わるかによって、子どもが沈黙や間をどう受け取るかが、変わるのだろうと思います。

言葉に頼らない和やかな場は、その後も続き、ふたりで湯船につかって、思い思いに過ごしていると、ふたりでいるのに、まるでひとりでいるようにリラックスしているのを感じました。

自分に集中すると他へ気持ちが向かなくなり、人に注意を向けると自分のことはおろそかになるというアンバランスさが、私にはありました。自分に注意を向けながらも、人とも場を共有しているという今回のような体験を何度か繰り返すうちに、子育てだけでなく、ヨガのティーチングの場や、友人や夫との関係性に置いても、そして、ひとりでいる時にも、自分のあり方が見つめ直されるのだろうと思います。

自宅でのリトリートもあと数日、どこかへ行くこともなく、誰かにあうこともなくとも、毎日なにかしらのプロセスは起こります
つい、何かをして、何かを達成することで、今日を豊かにしようとしてしまうけれども、それ以外にも、無意識を丁寧に拾い集めて、いつもしていたことをしないことから奥深い豊かさを感じられることもあるのではないでしょうか。皆さん、どうぞ良い年の瀬を過ごしてくださいね。

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“子どもと過ごす「間」” へのコメントが 2 件あります。

  1. 菊池加寿子

    マタニティヨガでお世話になった菊池と申します。

    毎回まきこ先生のこのコラムを楽しみにしています。今回のコラムにも、痛く共感しました。

    うちの息子は今、三歳。最近では私と自我と自我のぶつかり合いで、私の心の中を、良くも悪くもグルグルひっかきまわします。

    またいつかまきこ先生とお会いしたいなあ。そして、子育てについてお話ししたいです。

  2. 三浦まきこ

    菊池加寿子さま
    コメント、ありがとうございました。気づくのが遅く、時間がたってからの返信になってしまってすみません。子どもとの関わりの中で感じることには、きっと共感する部分が多くあるのではないかと思います。子どもは丸ごとぶつかって来ますもんね。心の底をかき混ぜられるような思い、よくわかります。私はそれで、いいんじゃないかと、思うようになりました。色んなことがあっても、関わり続けて行くことが愛なんじゃないか、と・・・。また再会できる機会があるといいですね!どうかお元気で、毎日を一歩一歩歩いて行かれてください。

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