気づきを妨げるもの

「クリパル・エクスプレス」Vol. 148(2013.04.17発行)より抜粋

前回から「気づき」というテーマで話をしています。

「気づき」というのは、音であれ、色や形であれ、また、思考や感情であれ、意識上に現れるものに対して認識し、自覚していることです。ヨガにおいてこの「気づき」が大切なのは、「今、ここ」に心が集中し、物事をあるがままに自覚している純粋な心のあり方だからです。逆に、心が何らかの思考で騒がしくなり、ここにいられなくなる時は、「気づき」が妨げられる可能性が大きくなります。

例えば、ある人間関係で面倒なことが起きた時、思考を巡らせ自分を正当化し、「あの人が悪い」と決めつけたとします。すると、その面倒なことは、自分なりの結論付けで片付けたことになり、意識を向けなくなります。また、「ヨガの片足で立つポーズでは、いつもバランスを失ってしまう。だから、今日も同じことが起きるだろう」と決めつけると、それによってバランスを失う確率は高くなります。

ある特定の判断基準や価値観を持って現実に向き合うと、思い込みの中だけで生きることになり、一瞬一瞬のリアルな事実に意識を向けなくなってしまいます。時には、実際に起きている現実とは異なった体験になることさえあります。

ヨガは自己を探求する科学です。そのために、科学者のように客観的にただ気づいていく力が必要なのです。「気づき」の心には断定や判断といった思考は入りません。言い換えれば、それは賢明な心のことであり、同時に賢明でいるための実践ツールなのだと思います。

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