ヨガで繋がること⑤:集中力と関わる心

ゲシュタルトセラピーという心理療法の創始者フレデリック・パールズは「退屈とは集中力の欠如した状態だ」と述べている。
物事に興味が湧かず、つまらなくて、何が面白いのか理解できないで退屈することがある。自分にとっての高校時代は、無気力・無関心が蔓延る退屈な日々だった。注意散漫で集中しないから、何をしても物事の表面ばかりしか見えず、その奥にある面白さが分からない。周囲が無味乾燥したものに映るだけ、そのこととの関わりが薄れ、いつも孤独感を味わっていた。

集中力は、物事への理解を深め、そのものと密接に関わる心を育んでくれる。そして、「関わりたい」「関わろう」という気持ちが、さらに集中する心にもなる。集中力と関心度が高まれば、いろいろなものと関わる機会が増えそうだ。

しかし、物事にさらに深く関わりたければ、前回も触れたように主体的なコミットメントが必要になる。コミットするとは、約束すること、誓うこと、関わり合うことだ。家庭や職場、また、自己探求における自分自身との関係性においても、コミットがなくては、嫌なことがあれば、すぐにその関係から逃げたり、また、相手に対して違う在り方を期待することで、関係性を変えることにエネルギーを費やそうとする。関わりの中で起こりうるあらゆることに対して心がオープンでいられたらどれだけ体験が深まることだろう。コミットするとは、そのとても大切な入り口になるものだ。だから、ヨガをするときに必ず問われることがある。

「あなたは、何を求めているのですか?」
「そのためにコミットする気持ちはありますか?」

もし、自分が求めているものが明確で、そのことに強い決意をもっていれば、自ずと集中力は伴ってくるだろう。それがなく「ヨガ」をしていれば、「そのうちに集中力はつくだろう」とのんびり期待していても何も変わらないかもしれない。

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