クリパルヨガの特徴⑨:判断のない観察

私たちの心は、しっかりと物事を見極め、受け止める前に判断する傾向があります。起きていないことを起きていると思い込んだり、その逆も起こりえます。先入観から間違って判断する誤解は、しだいに妄想となり、自分の心を苦しめます。ヨガは、真実と真実でないものを見極めるための手段だと言われています。真実を知ることで、心の妄想から自分自身を解放するというのです。

それでは、心はなぜ物事を見極める前に判断したがるのでしょうか?あることが起きていて、そのことが何なのか分からず、どうしていいか迷う時、私たちはよく不安になり、そのことに居心地が悪くなります。自分なりに納得して「それはこういうことだ」と断定してしまえば、とりあえず不安な体験から解放され、ほっと安心できます。

先を急いで結論を出したがる時、多くの場合、心が不安で居心地が悪い時です。自分の知っている知識や過去の経験を総動員して結論を出したがります。しかし、判断を下すのは、確かに、ある種の安心感を与えてくれますが、それによって現実に起きている不安な体験(真実)から目を背けてしまいがちです。

そして、限られた判断基準と思い込みから生まれる行為は、いずれ現実との間で大きなギャップを生じ、想定外のことには対応できなくなります。ですから、真実を見極めるヨガや瞑想で、まず最初に行なうのは、どこまでも判断をせずに観察し続ける練習です。

判断のない観察とは、結論が出ない状態に留まり続けることを意味します。当然、そのプロセスは、不安がつきものです。不安な未知の連続において、判断を加えず結論を出さないでいること。この究極的に切羽詰まったエッジ状態で、私たちはどう対応したらいいのか、クリパルヨガはその未知とともに生きる術を、アーサナや瞑想の仕方の中で教えてくれています。

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