定期検診にて:バリュウムへの反応の変化

毎年6月は、年1回の医療検診を受けている。といっても、会社を辞めて以来受けていなくて、去年再開したばかりなのだが、検診には、「あの嫌なもの」がどうしてもついてくる。胃の検査のための発泡剤とバリュウムだ・・・。

去年は「授乳中だし、寝不足だから」とパスしたが、今年は息子は卒乳の準備中だし、自分の健康は家族の基盤という自負もあり、嫌々だが受けることにした。それでも前日まで、やっぱりやめようかな・・・と言っていたくらい往生際が悪かった。

さて、いざ始まってみると、検診そのものは、想像に反して(?)楽しいものだった。会う人ごとに「私の体のこと」に注意を向けてくれる。なんだか、介抱されているようだったし、自分の身長、体重、心臓の鼓動や、内臓の様子に注意を向ける数時間は、いい気持ちだった。息子は別室で、有り余るほどの地域のおばあちゃん達に囲まれて、わいわい遊んでいた。息子とおばあちゃんにも大感謝だ。

そして、検診の最後を飾るのは、例の胃の検査。「緊張するなー」と言いながら、発泡剤を口に入れる。あの、OLのころの記憶どおりなら、バリュウムを飲む頃にはもう、気持ち悪くて、耐えられなくなってゲップしちゃって、怒られて・・・と言う筋書きだったのだが、あら不思議、なんともスムーズにバリュウムを流し込み、逆さまにされても、捻られても、普通にそのままでいられた。私、大丈夫だったんだ!と目が覚める思いだった。

自分が描いていた自分と、現実とのギャップに気づく度、新しい自分に出会ったような気がする。過去の嫌な体験は、また絶対起こると決めつけてしまいがちだが、時間が流れ、自分も含めた全てが変化しているのだから、今も同じように起こるとは限らない。

痛みや苦しさは、心がそれを予測するところから始まってる。無意識だった生理への不安や恐れに気づいた後、生理痛が軽くなった経験で、そのことを体で知ったはずなのに、まだまだたくさん、思い込みによる縛りが自分にはあるんだろうなぁと思う。

人生で起こる似たような出来事には、共通したメッセージがある。出来事そのものよりも、そのエッセンスに耳を傾け、今の自分を生きる練習を続けたい。

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