カルマについて⑥:無選択の意識

自分の置かれた境遇をカルマの観点から語るとき、どこかで「カルマだから今の自分にはどうしようもない」という責任を転嫁した発言をすることがよくあります。しかし、カルマをどう受け止めるかは、自分自身の自由です。逃げるか闘うか、人を責めるか自分を責めるか、といった両極に対立した二者択一では、どちらも不調和を生む傾向にあります。
この点、ヨガでは、どちらも選択しないという選択肢(無選択)があります。自分の目前で起きている現実を、ただ、そのまま目撃している「目撃意識」を育む方法です。それには、自分自身の内に、わずかなスペースを与えるちょっとした勇気とやさしさが必要です。瞑想は、このスペースを与える、ヨガの中でも、とても豊かな、心を深く安らげるツールです。

自分の肉体で生じている感覚を変えることなく、そのままに受けとめていくスペースを与えることで、しだいに、自分自身を受け入れる優しさ(慈悲心)を培う一方、自分の中で起きている多くの体験は、盲目的な判断や評価といった認識によって、自分が勝手に作り上げていたものだという理解(自己責任)に広がっていく可能性もあります。

このプロセスにおいて、過去から現在までに起きたトラウマを含め、苦痛や恐怖心や屈辱感といったあまりにも苦しく十分に受け止められなかった体験さえも、しだいに、反応せずに前向きに受け入れる強さ(主体性)を学んでいくのです。

クリパルヨガ、そして、そこから派生したフェニックス・ライジング・ヨガセラピーというセラピーでは、いずれも、身体を通してその内に起きている感覚をあるがままに観察するスペースをとっていきます。感覚に対して反応する自分に素直に気づくこと。その気づきが大きな力になり、反応し続けイライラし続ける心を鎮め、現実に起きている感覚や感情をそのままに受け止め、味わい、体験させてくれます。そこには、逃げも闘いもない、責めもない、自己否定もないのです。

◎フェニックス・ライジング・ヨガセラピーについては、こちらをご覧ください。

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