目撃意識

普段の生活で、私たちは物事を、良いか悪いか、得か損か、優れているか劣っているか、便利か不便かという観点から判断し、自分にとって都合のいい方を選択する傾向があります。しかし、そこであえて選択せずに、ただ留まり、様子をうかがい、両極を等しく観ていたらどうなるのか?クリパルヨガでは、この選択せずにただ気づいている状態のことを目撃意識と呼び、この意識のあり方を育もうとしています。

この意識状態は、「客観的」で「冷静」な状態と表現されることもあり、どこか冷淡で人間味のない状態をイメージしがちです。しかし、この客観的で冷静に目撃していられるスペースに自分の心を置く事によって、しだいに判断する心から自分を解放し、そこで起きている「現実」をそのままに感じたり味わったりする「ゆとり」が生まれてきます。感情に振り回されるのでなく、感情を味わうには、この「ゆとり」が必要で、それが豊かな情緒や人間味を育むのです。

また、目撃意識を育むと、物事を一つの局所的な切り口からだけでなく、反対側からも、さらには広くマクロ的な視点から全体を捉え易くなります。このマクロ的な視点から、すべてを大きな一つの存在として捉える姿勢は、有機的な存在である私たちや自然界を理解する上でとても重要なものです。

次回、ヨガで体を動かしたりホールドしているとき、少しづつ、何もせずに自然な呼吸の流れを目撃するスペースを与えてみてください。何があるべき感覚で、何が好ましいフィーリングなのかと判断する心をリラックスさせ、自分の中で起きているすべてのことに対して、「ゆとり」をもって、体験し、感じとり、味わってみてあげてください。そうして私たちの体験を深めてくれるが、目撃意識の役割です。体験が深まれば、ヨガはもっと楽しく、自分自身がもっと身近なものになってくるはずです。

◎目撃意識に関しての詳細は、書籍「クリパルヨガ〜ヨガの実践と人生へのガイド〜」の第20章「目撃意識」で解説されています。

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